脳梗塞後遺症のある方が「自分で車椅子を動かせた」という瞬間は、意欲面でも機能面でも大きな転換点になります。今回は私が実際に担当した事例をもとに、片麻痺・握力低下・体幹不安定という3つの困難を抱えた方が片手で車椅子を自走できるようになるまでのアプローチを記録します。同業のPT・OTの方からのご意見もぜひお聞かせください。
利用者プロフィール(匿名・情報は一部加工)

今回の担当事例の概要は以下のとおりです。
疾患は脳梗塞後遺症で、患側は右上肢麻痺。Brunnstrom Recovery Stage(上肢)はステージ2、すなわち随意的な腕の上げ下ろしは困難であるがわずかに筋緊張があるという段階、患側の手は実用的にはほぼ使えない状態です。長期臥床によって体幹筋の筋出力が著明に低下しており、姿勢保持に介助が必要なところからリハビリを開始しました。健側(左)の握力も低値で、ハンドリムを十分に握って駆動できる状態ではありませんでした。
なぜ「健側の手で漕げばいい」ではうまくいかないのか

片麻痺の方が片手で車椅子を漕ぐとき、単純に「健側の手で漕げばいい」というわけにはいきません。今回のケースでは以下の3つの問題が複合して現れていました。
①握力の問題:ハンドリムをしっかり握れないと力が逃げ、推進効率が極端に落ちます。疲れやすく、距離も出ません。
②体幹安定性の問題:車椅子を漕ぐ動作では体幹の回旋・前傾が使用されます。体幹が不安定だと上肢の力を車椅子に伝えられず、むしろ転落リスクが高まります。
③直進困難の問題:片手駆動は力のかかる方向に曲がりやすい特性があります。意図した方向へ進めないことが意欲低下につながりやすいという課題もあります。
アプローチ①:ゴム手袋でグリップを補う

握力が低くてもハンドリムを保持できるよう、ゴム手袋(作業用)を活用することにしました。
具体的に使用したのは「13G天然ゴム背抜きラバービート」(ユニワールド製、モノタロウで購入、1双249円)ですが、こちらでなくてもホームセンターなどにいけば手に入ります。
手のひら・指にすべり止め加工(ラジアルパターン)が施されており、ハンドリムとの摩擦が増えることで、少ない握力でも保持しやすくなりました。通常の介護・福祉用品ではなく作業用手袋を流用したアイデアで、コストも安くフィット感も良好でした。
この一工夫だけで「握れない→諦める」という悪循環を断ち切ることができました。まず漕ぐことができるようになると、その後の練習継続にもつながります。
アプローチ②:骨盤を起こして体幹を安定させる
次に取り組んだのが姿勢の調整です。長期臥床の影響で骨盤が後傾しやすく、背もたれに寄りかかった「ずり座り」に近い姿勢になっていました。この姿勢では体幹が十分に使えず、ハンドリムを前に押し出す力も弱くなります。
指導したのは「骨盤を起こして座ること」です。骨盤を前傾させることで腰椎の自然なカーブ(前弯)が維持され、体幹筋が働きやすくなります。さらに「漕ぐときに少し前に体を傾けながら押す」という体幹前傾との組み合わせも指導しました。
物理・身体機能の両面から見た理論背景
推進力のメカニズム(物理的視点):車椅子の推進力はハンドリムに加えた力の水平成分から生まれます。握力が弱くすべりやすい状態では力を加える方向が斜め下になりやすく、推進に使われる成分が減ります。グリップ力が増すとより水平に近い方向で力を伝えられるようになり、推進効率が上がります。また体幹を前傾させることで、上肢の「押す」動作が前方への重心移動と連動し、体重を推進力に変換できます。体幹前傾は「漕ぐ」だけでなく「前に進む」ための力学的な効率化でもあります。
身体機能的な視点:Brunnstrom stage 2では患側に随意的な運動は期待しにくいですが、健側の上肢・体幹を最大限活用する工夫が重要です。体幹の安定性は「近位から遠位へ」の力の伝達の基盤になります(近位安定→遠位操作という運動連鎖の考え方)。体幹が不安定な状態では上肢の力がぐらつき補正に使われてしまい、車椅子に伝わる力が減ります。骨盤を起こして体幹筋を活性化することで、上肢の出力を推進力に変換できる割合が高まります。
結果と気づき
ゴム手袋の導入と姿勢指導を組み合わせたことで、短い距離であれば自分で車椅子を動かせるようになりました。完全自走には至っていませんが、「自分で進める」という経験は意欲面でも大きな変化につながっています。
同業者への問いかけ
今回のアプローチはあくまで1つの事例・1人のPTの工夫にすぎません。片麻痺×握力低下×体幹不安定のケースに対して、あなたはどんなアプローチをしてきましたか?
・使っているアシスト用具(グローブ・クッション・フットレスト調整など)
・姿勢へのアプローチで効果があったこと
・患側の活用法(随意運動が少なくても活用した例)
・直進困難への対処法
コメントや感想があればぜひお聞かせください。同じ悩みを持つ仲間と情報を共有できたら嬉しいです。
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