「理学療法士って、開業できないんですよね?」
勉強会でそんな話になると、決まって場の空気が少し重くなります。看護師や医師には認められている「独立開業権」が、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士には法律上認められていない——これは、リハビリ専門職にとって長年のもどかしさです。
でも、実際にはどうでしょう。周囲を見渡すと、病院や施設を離れて独立している理学療法士は確かに存在します。彼らはどうやって「開業権がない」という壁を超えているのでしょうか。
今回は、理学療法士として個人事業主で介護タクシーと自費高齢者支援を運営している私の経験をもとに、現実的な3つの方法を整理してお伝えします。
そもそも「開業権がない」とはどういうことか

まず前提を整理しましょう。「開業権がない」というのは、正確には「理学療法士の名義で治療院や診療所を開設・運営する権利が法律上ない」という意味です。
医師法・歯科医師法・あん摩マッサージ指圧師法などには、その資格保有者が施術所や診療所を開設できる根拠規定があります。ところが理学療法士及び作業療法士法にはその規定がなく、「PT・OT・STが独自の治療院を法的に開設する」ことは現行法では認められていません。
ただし、ここが重要なのですが——「事業を起こすこと」と「治療院を開設すること」は別の話です。個人事業主として介護保険外(自費)のサービスや、全く別の業種の事業を立ち上げることは、どの職種であっても原則として自由です。
この「別の業種」という切り口こそが、理学療法士が独立する現実的な道になっています。
方法①:自費リハビリ・自費訪問看護ステーションへの参画

近年、介護保険や医療保険を使わない「自費リハビリ」の市場が拡大しています。保険の単位数や訪問回数の制限に縛られず、利用者が必要とするだけのリハビリを受けられるサービスです。
理学療法士として独立する方法のひとつが、この自費リハビリ事業の立ち上げです。法人格を持たなくても、個人事業主として自費でリハビリサービスを提供することは法律上問題ありません(※医業類似行為にあたる施術は別途資格が必要な場合があります)。
ただし現実的な課題もあります。「自費でリハビリにお金を払う利用者をどう集めるか」という集客の問題、「どの程度の金額設定が適切か」という料金設計の問題——これらは病院勤務では経験しないことばかりです。また、医師の指示なく理学療法を行うことへの法的グレーゾーンについても、慎重に理解しておく必要があります。
方法②:訪問看護ステーションや事業所に所属しながら副業・独立準備

もう少し現実的なルートとして、訪問看護ステーションや通所リハビリ事業所に所属しながら、少しずつ自分のサービスを育てていく方法があります。
訪問看護ステーションはPT・OT・STが所属できる事業形態で、医師の指示のもとでリハビリを提供します。これは法的にも明確なフレームです。そこに勤務しながら、休日や早朝・夜間に自費の相談支援や生活支援サービスを副業として始めるスタイルが、リスクを抑えた準備期間として有効です。
ただし就業規則で副業禁止の職場もあるため、確認は必須です。また「副業のつもりが本業を超える」ほどのエネルギーが必要になることも覚悟しておきましょう。
方法③:介護タクシー事業として開業する
これは私自身が選んだ方法であり、理学療法士の強みを最大限に活かせると感じているルートです。
介護タクシー(正式名称:福祉車両限定の旅客自動車運送事業)は、国土交通省が管轄する「運送業」です。医療資格とは全く別の業種として独立して開業できるため、PT・OT・STの「開業権がない」という問題が原則としてかかわりません。
「でもそれって、ただの送迎じゃないんですか?」と思う方もいるかもしれません。そこが大きな誤解で、医療・介護の専門職が介護タクシーをやることには、一般のドライバーとは全く異なる意味があります。
例えば——。車内でご利用者が「最近、足がむくんでいて…」とこぼしたとき、PT・OTとしての知識があれば「それは心臓や腎臓の状態も影響している可能性があるので、主治医に話してみましょうか」とすぐに気づけます。乗り降りの際の介助ひとつをとっても、関節の状態や筋力を見ながら最適なアシストができる。これはリハビリ専門職ならではの強みです。
実際に開業後、「前の介護タクシーは乗り降りのたびに痛かったけど、あなたに替えてから楽になった」と言ってくれたご利用者がいました。これは医療的な目線を持った専門職だからこそできることです。
介護タクシー開業、現実的な壁はどこにある?
介護タクシーへの道が「現実的」だとお伝えしましたが、当然ながら壁もあります。正直にお話しします。
第一種運転免許だけでは開業できない
介護タクシーには「第二種運転免許(※旅客を有償で運送するための免許)」が必要です。取得には教習所での技能・学科教習が必要で、費用は一般的に20〜30万円程度、期間は1〜3ヶ月ほどかかります。
運輸局への申請が複雑
介護タクシーは国土交通省の運輸局に申請・許可を得て開業します。提出書類は多く、初めて見ると何が何だかわかりません。行政書士に依頼する方も多いですが、費用は10〜20万円以上かかることも。
車両と保険の費用
福祉車両を購入またはリースする必要があり、初期費用として数百万円の準備が現実的には必要です。また、旅客自動車運送事業専用の任意保険(一般の自動車保険より割高)への加入も必要です。
集客と経営の知識がゼロからのスタート
病院勤務では経験しない「どうやって利用者を集めるか」「確定申告はどうする」「契約書はどうすればいい」——こうした経営的な課題が一気に押し寄せてきます。
「ひとりで全部やる」は、正直つらかった
私が開業前に一番感じていた不安は、情報の孤独さでした。
運輸局への申請の手順、利用者との契約書の書き方、青色申告のやり方——どれもインターネットで調べると情報はあるものの、「これで本当に合っているのか」を確認してくれる人がいない。同じ立場の仲間もいない。それがじわじわとこたえました。
開業前にたまたま知ったのが、「ねっと」というオンラインコミュニティです。高齢化率が日本トップクラスの山口県・周防大島で生まれた、医療介護専門職の起業支援コミュニティで、介護タクシーや自費高齢者支援の個人開業を目指す人たちが集まっています。
このコミュニティでは、かなめ法律事務所が監修した契約書や、チラシ・マグネット広告などの広告素材が共有されています。運輸局への申請フローのサポートや、二種免許取得についての情報も先輩メンバーから聞けます。経理についても、青色申告・確定申告の基本的な知識習得を支援してもらえます。
何より助かったのは、批判なく話せる場があることでした。「こんなこと聞いていいのかな」と思うような初歩的な疑問も、経験者が丁寧に答えてくれる。孤独になりがちな個人起業の準備期間に、それがどれだけ心強かったか。
書類サポートツール「カイタク」も知っておいてほしい
もうひとつ、介護タクシー開業を目指す方に知ってほしいのが「カイタク」というWebアプリです(※現在開発中・ベータ版を希望者に配布中)。
開発者は理学療法士として病院勤務後、2023年に介護タクシー事業を自ら開業した方です。実際の申請経験をもとに作られた、当事者発のツールというのが信頼できます。
主な機能は、必要書類リストの自動生成・AI書類添削と不備チェック・修正ポイントのわかりやすい解説です。運輸局への申請書類でつまずく方が多い中、「どこが足りないか」「何を直すべきか」を教えてくれるツールは、行政書士に依頼する前の自己チェックとして非常に実用的です。
「開業権がない」は、終わりではない
理学療法士が「開業権がない」という現実は変えられませんが、それは「独立できない」ということとは全く違います。
自費リハビリ、事業所への所属と並走、そして介護タクシーの開業——それぞれにリスクと可能性があります。どのルートが自分に合っているかは、生活背景や家族の状況、地域の需要によっても変わります。
ただ確実に言えることは、「医療・介護の専門知識を持った人が地域の自費サービスに入ること」は、今の日本社会に確実に必要とされているということです。保険制度の外側で個人が地域で活躍できる選択肢は、少しずつ広がっています。
もし介護タクシーや自費高齢者支援の開業に興味があるなら、まず情報を集めることから始めてみてください。ねっとのコミュニティ(https://netto.life/nettowork)やカイタクアプリ(https://luxury-meerkat-a0e444.netlify.app/)は、その第一歩の参考になるかもしれません。
「開業する」と決めてから動くのではなく、「どういう道があるか」を知ることが、現実的な起業の始まりだと思っています。
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