スポーツ外傷や日常生活における捻挫、筋損傷、靱帯損傷などの急性軟部組織損傷では、長年「RICE(Rest・Ice・Compression・Elevation=安静・冷却・圧迫・挙上)」が標準的な応急処置として広く普及してきました。しかし近年、組織修復のメカニズムや疼痛科学、リハビリテーション医学の進歩に伴い、「炎症を必要以上に抑えることは本当に治癒を促進するのか」「長期間の安静は適切なのか」といった疑問が提起されるようになっています。
こうした背景から、2019年にBlaise DuboisらがBritish Journal of Sports Medicine(BJSM、スポーツ医学分野の専門的な医学雑誌)において提唱したのが「PEACE & LOVE」です。
なお、重要な点として、PEACE & LOVEは国際学会による正式な診療ガイドラインではなく、専門家によるエディトリアル(Editorial、研究データそのものではなく専門家の見解や提言をまとめた論考)として提案された概念です。そのため、個々の構成要素には研究的裏付けが存在するものの、「PEACE & LOVE全体」を検証した高品質なランダム化比較試験(RCT、治療効果を科学的に検証するための信頼性の高い研究方法)は現時点では存在しません。この点を理解したうえで臨床応用する必要があります。
PEACE:受傷直後(おおよそ1〜3日)の対応

P:Protect(保護)
受傷後1〜3日は患部を保護し、過度な負荷を避けます。ただし、これは「完全安静」を意味するものではありません。長期間の固定や安静は筋萎縮(筋肉がやせて弱くなること)、コラーゲン配列の乱れ(傷を治す組織の線維の並びが乱れること)、組織強度の低下を引き起こす可能性があり、痛みを指標として必要最小限の保護を行うことが推奨されています。
E:Elevate(挙上)
患部を心臓より高い位置に保持することで浮腫(むくみ)の軽減を図ります。しかし、挙上の効果を支持するエビデンスは決して強くありません。Duboisら自身も「科学的根拠は限定的だが、低リスクであるため推奨できる」と述べています。
A:Avoid anti-inflammatory modalities(抗炎症処置を避ける)
PEACE & LOVEの中で最も議論されている部分です。従来はNSAIDs(ロキソニンなどの市販・処方薬にも含まれる消炎鎮痛剤)やアイシングが標準治療でした。しかし、炎症は組織修復に不可欠な生理反応であり、必要以上に抑制すると長期的治癒を阻害する可能性が指摘されています。特にNSAIDsについては、動物実験や一部臨床研究において、コラーゲン形成(傷を治す組織づくり)の低下や腱(筋肉と骨をつなぐ組織)・靱帯(骨と骨をつなぐ組織)の修復遅延が報告されています。
一方、アイシングについても「疼痛軽減効果はあるが、長期的治癒を改善する高品質なエビデンスは乏しい」とされています。したがって、「氷は絶対に使ってはいけない」という意味ではなく、「治癒促進目的としてルーチンに使用する根拠は弱い」という理解が適切です。
C:Compression(圧迫)
弾性包帯やテーピングによる圧迫は、腫脹(腫れ)軽減、疼痛軽減に一定の効果が期待されます。ただし、その効果量は大きくなく、高品質なエビデンスは限定的です。
E:Educate(教育)
PEACE & LOVE最大の特徴は教育です。患者に自然治癒の過程、疼痛教育、活動再開時期、セルフマネジメントを説明することで、受動的治療から能動的リハビリへの移行を重視しています。
LOVE:回復期の対応

L:Load(適切な負荷)
機械的刺激は組織修復に不可欠です。適切な負荷はコラーゲン再配列、筋力改善、機能回復を促進します。痛みを完全にゼロにすることを目標とせず、「許容できる痛みの範囲で徐々に負荷を上げる」ことが重要です。
O:Optimism(前向きな心理)
近年の疼痛研究では、心理社会的因子が予後(回復の見通し)に大きく影響することが知られています。例えば、破局的思考(痛みを実際以上に悪く考えてしまうこと)、恐怖回避(痛みを恐れて体を動かすことを避けてしまうこと)、抑うつ(気分が落ち込んだ状態)は回復遅延と関連します。逆に、自己効力感(「自分ならできる」という前向きな自信)や前向きな期待は良好な予後に結びつくことが示されています。
V:Vascularisation(血流促進)
受傷数日後から疼痛を伴わない有酸素運動を開始することで、血流改善、疼痛軽減、全身機能維持が期待されます。ウォーキングやエアロバイクなどが代表例です。
E:Exercise(運動療法)
最終的な機能回復には運動療法が不可欠です。運動療法では、関節可動域(関節の動く範囲)、筋力、バランス、固有感覚(目を使わなくても体の位置や動きを感じ取る感覚)、競技復帰能力を段階的に改善していきます。これは現在のスポーツリハビリテーションにおいて最も強く支持される介入の一つです。
従来のRICEとの違い

RICEは1980年代以降に広く普及しましたが、その多くは専門家の経験則に基づいており、高品質なエビデンスは十分ではありませんでした。その後、RICEからPRICE、POLICE、PEACE & LOVEという流れで考え方は変化しています。
現在では、「完全安静より適切な負荷」「受動的治療より患者教育」「炎症を抑えるより生理的修復を尊重」という方向へシフトしています。
PEACE & LOVEの限界
PEACE & LOVEは非常に有名になったものの、注意すべき点もあります。
第一に、この論文はEditorialであり、RCTや診療ガイドラインではありません。
第二に、「アイシングは不要」という強い解釈は誤りです。現在のエビデンスでは「疼痛軽減には有効」「長期治癒促進効果は不明」という評価が妥当です。
第三に、骨折、完全断裂、脱臼などの重度外傷では、PEACE & LOVEのみで対応するものではなく、画像診断や専門医による評価が優先されます。
理学療法士への臨床的示唆
PEACE & LOVEが最も重要視しているのは、「炎症を消すこと」ではなく「組織が自然に治癒できる環境を整えること」です。
特に理学療法士は、適切な負荷設定、患者教育、心理社会的支援、段階的運動療法を実践できる専門職であり、PEACE & LOVEの理念と親和性が高いといえます。
一方で、アイシングやNSAIDsを一律に否定するのではなく、疼痛コントロールや患者背景を踏まえて個別に判断する姿勢が求められます。
PEACE & LOVEは「従来の常識を完全に否定するもの」ではなく、「最新の組織修復科学と運動療法の知見を取り入れた考え方」と理解することが、現時点で最もエビデンスに沿った解釈です。
個人的に感じたこと
今回PEACE & LOVEについて調べてみて、個人的に感じたことがあります。従来のRICEは、受傷直後の急性期にどう対処するかという「応急処置」の部分にのみ焦点が当てられていました。一方でPEACE & LOVEは、教育(Educate)、適切な負荷(Load)、前向きな心理(Optimism)、運動療法(Exercise)など、急性期を過ぎた後の長期的な視点まで踏み込んで言及されている点が印象的でした。
ただし、この記事でも触れたとおり、PEACE & LOVEは信頼できる確立された診療ガイドラインというわけではありません。新しい考え方を柔軟に取り入れていく姿勢は大切にしたい一方で、臨床現場や支援の現場に取り入れる際には、エビデンスの限界を理解したうえで慎重に判断していく必要があると感じています。
まとめ
急性軟部組織損傷の管理は、RICEの時代から大きく進化し、「安静と冷却」中心の考え方から「適切な負荷、教育、能動的リハビリ」を重視する方向へ変わりつつあります。エビデンスの限界を理解したうえで、目の前の患者に合わせて柔軟に応用していくことが専門職には求められます。
参考文献
Dubois B, Esculier JF. Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE. British Journal of Sports Medicine. 2020;54(2):72-73. DOI:10.1136/bjsports-2019-101253.
Vuurberg G, et al. Diagnosis, treatment and prevention of ankle sprains: update of an evidence-based clinical guideline. British Journal of Sports Medicine. 2018.
Bleakley CM, Glasgow P, MacAuley DC. PRICE needs updating, should we call the POLICE? British Journal of Sports Medicine. 2012.
Fousekis K, et al. Minor Soft Tissue Injuries may need PEACE in the Acute Stage and subsequently CARE. Frontiers in Sports and Active Living. 2021.

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