コミュニティ「ねっと」の名前の由来に感動した話

今日は、私が開業前から参加しているオンラインコミュニティ「netto(ねっと)」の名前の由来についてお話しします。

あらかじめお伝えしておくと、私はこのコミュニティの代表ではありません。ここでご紹介するのは、代表から聞かせてもらった話の受け売りです。ただ、この話を初めて聞いたとき、「自分がやりたかったことはこれだ!」と、自分の中でうまく言語化できていなかった感覚をすっきりと言葉にしてもらえたような気がして、今でも鮮明に覚えています。

リハビリの現場で日々仕事をしているだけでは、なかなかこういった考えにたどり着けなかったなとも感じました。勉強・研究と必死になればなるほど、むしろこういった発想から遠のいていく感覚もありました。(とはいえ、勉強はとても大切です。自分自身もまだまだ頑張ります。)

目次

「専門性の捉え直し」というnetto(ねっと)の出発点

nettoの由来を語るうえで、代表が引用するのが、チリの認知科学者フランシスコ・ヴァレラの論文「Not One, Not Two」(1976年)です。

この論文で示されている図には、二つの世界の見方が描かれています。一つは、無数の要素が網目のように絡み合う複雑系の世界。もう一つは、ある出発点を定め、そこから影響する変数だけを取り出した、簡略化された世界の見方です。

リハビリの現場でもよく経験することではないでしょうか。同じプログラムを行っていても、その日の天気、本人の気分、家族からの声かけ、昼食がおいしかったかどうか、場所が自宅かどうか——そういった些細な要素の変化で、パフォーマンスはがらりと変わります。

しかし、そのままでは学問や専門性として成り立ちません。だから研究では前提条件を細かく設定し、ノイズを除去し、変数を絞り込んで結論を導き出します。「論文に書かれているから」「エビデンスがある」という話は、こうして世界を切り取った状態で初めて成り立つものです。理学療法学・作業療法学もそうして体系化されてきました。

でも、世界はやっぱり「網目」でできている

専門性や学問は、世界をいったん単純化することで成り立っています。それ自体はとても大切なことです。

でも、人が実際に生きている世界は、やはり左の図——網目のような複雑な構造のままです。無数の要素が絡み合い、影響し合っているから予測が届かない。だからこそ感情が揺さぶられ、そして豊かなのだと思います。

ヴァレラが「Not One, Not Two」というタイトルに込めた意味も、まさにここにあります。心と身体、主体と世界、知ることと存在すること——これらは「完全に別々」でもなく「完全に一つ」でもない。分けることはできるけれど、切り離すことはできない関係として存在しています。

nettoは「網(ねっと)」である

こうした考えを踏まえて、代表はnettoをこう表現しています。

専門性は考えを深めるためにとても大切である。だけれども、世界は専門性を超えて複雑である。だから専門性はあくまで手段。大切なのは、網目の中に存在しているその人の「暮らし」がより良くなること。そのために手段としての専門性を参考にしながら、支援者自身が網目の中に入ってしまおう。その人の暮らしに染まってしまおう。網目を切るのではなく、網目自体になることで、世界を複雑なまま感じ、複雑なままより良い方向へ導いていこう——と。

専門性という名のもとにプチプチと切られた「枝」ではなく、「網」となって世界をより良く変えていく。それがnetto(網)という名前の由来です。

この話を聞いて、自分がやりたかったことがわかった

この話を聞いたとき、正直とても驚きました。リハビリの現場で感じていたもやもやや、「専門性だけでは届かない何か」という感覚を、こんなにきれいに言葉にしてもらえるとは思っていなかったからです。

歩行能力も「身体の中にある能力」だけではなく、その人がどんな環境で、何をしたいと思い、誰と関わりながら動くかによって変わる——ヴァレラ的な見方は、リハビリや在宅支援の文脈にも深くつながっています。

個人事業主として介護タクシーと自費高齢者支援を運営している今、この「暮らしの網目の中に入っていく」という姿勢は、自分の仕事の根っこにあるものだと感じています。

医療介護専門職として個人で地域に関わることを考えている方は、ぜひ起業支援コミュニティ「ねっと」をのぞいてみてください。

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